原題:RARE EXPORTS/RARE EXPORTS: A CHRISTMAS TALE (2010)
監督:ヤルマリ・ヘランダー
実はサンタは怖い存在!?フィンランド発ダークファンタジー!
少年ピエタリ(オンニ・トンミラ)は、トナカイ猟と解体販売で生計を立ている父(ヨルマ・トンミラ)とフィンランド北方の町で二人暮らし。人里離れたその場所ではある企業の指揮のもと、その昔封印されたという本物のサンタクロースの発掘作業が行われていた。そしてクリスマスイブ当日、地元の子どもたちが次々と失踪するという事件が……。
サンタクロースの国として有名なフィンランドを舞台に、あえて世界中で愛されるサンタクロースのイメージを覆し、恐怖の象徴として描いたブラックユーモア満載のダークファンタジー。
タイトルを見ても内容がさっぱりわからない映画が大好きです。
「レア・エクスポーツ」とは”希少輸出品”のことで、邦題ではさらに、「~囚われのサンタクロース~」というサブタイトルが付いていて、余計わからなくなります。だがそれがいい。
この映画は観ていくにつれて、どんどんジャンルが変わっていき、見ている側を翻弄する不思議な作品。
登場する強面の男たちと(この映画なんと男性しか出てこない!)、怖い演出も相まって、最初はホラー映画のように思えます。
そのうち、サンタクロースの逸話がでてくるとファンタジーにも思えてきて、ああこれは、子供が活躍するタイプのキッズ向けの映画なのかも……というところで、急に衝撃映像とともにサスペンスになり、そしてあのオチ。
え、これはギャグ映画だったのか!?とエンドロールを見ながら困惑しつつも、全く予想ができなかったという不思議な満足感がある映画でした。
サンタクロースと”なまはげ”
ところで、本作ではサンタクロースを、悪い子供に罰を与えに来る、日本で言うところの”なまはげ”に近い存在だとしています。え、なにそれ?
劇中にも登場する本には、泣き叫ぶ子供の尻を枝で叩く様子や、巨大な鍋で子供を煮込んだり、トナカイの臓物を食い破る様子などが描かれていて、映画を見ているときは創作だとばかり思っていましたが、実はフィンランドには古来よりヌッテプッキ(Nuuttipukki)という伝承があるそうです。
それはまさに、劇中の絵本どおりの巨大な角の生えたマスクで顔を隠した恐ろしい風貌で、子どもたちを心底怖がらせる存在だとか。
ヤルマリ・ヘランダー監督は、自身がフィンランドで慣れ親しんだサンタクロースは一般的な風貌とはかけ離れたもので、幼少期のトラウマを本作にぶつけたとのこと。
気になってサンタについて調べてみると、意外なことがわかりました。
元々サンタクロースは、キリスト教の聖人・聖ニコラウスの伝承から生まれたものというのが有名です。
ドイツに伝わる「黒いサンタクロース」。その原型と言われる”クネヒト・ループレヒト”は、「聖ニコラウスの同伴者」であり、良い子にはサンタが子供が喜ぶプレゼント(おもちゃやお菓子など)を、悪い子には子供が嬉しくないプレゼント(石炭や棒や石)をいれていくのだとか。良い子にはプレゼントを、悪い子には罰をということみたい。
さらに驚いたのは、このような”サンタの同伴者”についての伝承は世界各地にあり、むしろそれが伝わっていないのは日本とアメリカだけという話。
サンタクロースは実在しないどころか、夢や希望の象徴ですらなかったと思うと、なんだか二度目の喪失を味わった気分で複雑です。
そういう事実を踏まえて、あらためてこの映画を思い返してみると、いろいろ腑に落ちてくるものがあります。
ヤルマリー監督は、ついに憎きサンタに復讐を果たせたんですね。
『被害は8万5000ドル、加えて付加価値税22%だ』フィンランド事情
ロケーションであるフィンランドの山奥という日本からでは想像がつかない場所での生活風景は新鮮。
例えば、主人公の父親はトナカイ猟で生計を立てているという設定だけど、それがすでに想像がつかない生活です。
主人公の少年ピエタリは、ぬいぐるみを持って歩くくらい小さい子供ですが、父親は容赦なく銃を持たせます。きっと銃を持っていないほうが危ないんですね。
いろんなシーンで、フィンランドを感じることができるのも本作の魅力のひとつです。
ちなみに、フィンランドは税金がとても高い国として有名です。
劇中の台詞に出てくる『被害は8万5000ドル、加えて付加価値税22%』の付加価値税とは日本における消費税のことで、税金が高いので物価も凄まじく高くなります。
自動車に至っては税金がなんと100%。本体の倍額払わないと買えないそう。
しかしその分、社会保障が充実していて、小学校から大学まで学費は無料。医療費も高度治療を受けても出産しても無料!
老後の不安という言葉はフィンランドにないらしい。
自動車の税金にしても、車が高価だと、走っている車の量が減るから事故も減って、道路渋滞もなし。
持っていないひとは近所の人に乗せてもらうことになるので、ご近所づきあいも重要になって、コミュニティとしても安定する、といいことづくめですね。
とはいえ、フィンランドにも問題はあって、例えば離婚率は50%~60%とかなり高め。そういえば、ピエタリの家も父子家庭でした。
一般市民の経済事情が厳しいフィンランドという視点で見ると、トナカイ猟なんて不安定な仕事をしていると考えるとかなり大変そうです。
劇中では、サンタの発掘をする多国籍企業のせいでトナカイが捕れなくなってしまう、という話もありましたが、資本主義大国に対しての痛烈な皮肉なのかもしれません。
「資本主義なんだから夢や希望も金で買えば?ほら売ってやるよ。8万5000ドル、加えて付加価値税22%だぜ!」
すっかりサンタと資本主義大国が大嫌いというイメージになってしまった、ヤルマリ・ヘランダー監督は本作で長編監督デビューを飾り、ファンタ系映画祭で作品賞、監督賞などを受賞。
実は、主人公ピエタリを演じるオンニ・トンミラは、ヘランダー監督の甥っ子。さらに、その父親を演じるヨルマ・トンミラは実の親子ということで身内での共演映画になっているのも面白いところです。
二人は監督の2作品目である『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』にも出演。
少し精悍な顔つきになったオンニ・トンミラとサミュエル・L・ジャクソンの共演を見ることができます。