デジタルでイラストを描くために『ペンタブレット』は今や必須のツールと言って良いでしょう。
しかし、画面に直接ペンで描ける『液晶ペンタブレット(液タブ)』と、画面とは別で手元に置いて使用する通常の『ペンタブレット(板タブ)』では、結局どっちが優れているのかなと疑問に感じる方も多いと思います。
筆者は昨年iPad proを購入し、今では一日も手放すことのできない絵描きツールになっていますが、一方で、仕事でイラストを描くなると、相変わらずPC+板タブも使用していて、どちらの利点も感じています。
そこで今回は、「ペンタブレットを使ってみたいけど、やっぱり有名イラストレーターさんが使ってるような高価な液晶ペンタブレットを買わなきゃいけないのかな…」とお悩みの方に、最近あまり話題にされることの少ない「板タブの利点」をご紹介したいと思います。
このページの目次
液晶ペンタブレットの隆盛に疑問
まずiPadについては、正しくは液タブとは違うとも言えるのですが、OS搭載の液晶ペンタブレットとして考えることにします。
しかし現時点でiPadとApple Pencilの組み合わせは、すでに液タブとしては完成形に近いと思います。
以前は液タブの弱点として、ペン先と画面上のカーソルの視差が挙げられることがありましたが、Apple Pencilはもう鉛筆で紙に描くのと変わらないくらいの精度を実現しており、いつでもどこでもスケッチブックに描く感覚でデジタルイラスト制作が可能になりました。
これは世のイラストレーターをPCから解放し、絵描きのライフスタイルに大きな変化をもたらしたと言っていいと思います。
またApple製品に限らず、液タブはアナログ派のイラストレーターに支持される形で新製品が数多くリリースされています。
今やペンタブレット業界の主力は液タブだと言わんばかりです。
なんとなく「本気でイラスト描く人は液タブでしょ!」というイメージすら定着しつつあるのではないでしょうか。
しかしこの世間の流れに対して、筆者はちょっと疑問を感じています。
実は絵を描くことを「仕事にする場合」は、ペンタブレット部とモニタ画面が分離された板タブに対して、液タブが必ずしも有利とは言えないと考えています。
その理由は、2つです。
板タブの利点その1、描く時の姿勢
ひとつ目は絵を描くときの姿勢にあります。
絵を描く時はどうしても長時間同じ姿勢でじっとしていることになりますので、なるべくリラックスした姿勢が良いのは当然です。
しかし液晶ペンタブレットの場合、その性質上どうしても目線に合わせた画面の位置と、ペンを持った手の位置が一致しなければいけません。
もともとアナログ派の人にとっては、あまりにも当たり前の事なので不思議には思われないかもしれませんが、実はこの状態って結構肩に負担がかかります。
逆にもし上体を自然な姿勢にしようすると、座った時の目線の高さに画面を置く必要があり、その場合はペンを持った腕をその位置まで持ち上げることになります。
デッサンや絵画を描くときのように、キャンバスを立てかけるように液タブを立てかけるようなイメージです。
つまり液タブを使って絵を描く姿勢は、アナログのツールで絵をかくときに近い状態になるわけです。
何も重いものを持っていなくても、腕を目線の高さまで持ち上げ続けるには筋力が必要で、長時間となれば相当の疲労が蓄積します。
どちらの場合も、長時間作業をすると肩や腕に負担がかかってしまい、結果としてとても肩がこるのです。
その点、板タブは画面を見る視線は下げずに、ペンを持つ腕だけ机の上に置いておけるため、液タブに比べて体に負担がかかりづらい姿勢で作業をすることができます。
絵を描くのが仕事になると、1日に8時間程度、ずっとペンを握って画面の前に座るわけですから、この姿勢の違いは案外見過ごせません。
ただ、趣味で絵を描くような場合、作業時間は1日1時間程度だったりしますので、人それぞれの条件によって考える必要があります。
ちなみにデスクワーク時の正しい姿勢に関連しては、椅子選びも大変重要になってきます。
気になる方は過去の椅子に関する記事もご覧ください。
板タブの利点その2、ペンを持つ手
もう一つの理由、こちらはよく言われることですが、液タブではペンを持つ腕が画面を隠すという問題です。
アナログの絵を描く人でも共通することですが、要は自分の手首が視界の中で邪魔なんですよね。
特に人物の顔など細かい場所を描き込む場合には、自分の指で絵の中の顔が隠れて歯痒くなります。
その点、板タブならそんな問題は起こりません。
視界に映るのは自身の描いた絵と、カーソル表示のみです。
もともとペンタブレットは画面上のポインティングデバイスとして、なるべくアナログのペンを持つ感覚に近づけようと進化を続けてきました。
しかしそもそも、アナログで絵を描く感覚が全て正しいは言い切れません。
単に今までアナログの絵を描いてきた人にとっては、そちらの感覚の方が慣れ親しんでいるというだけです。
脳と指先のリンク(ようは慣れ)
脳はトレーニングにより様々な感覚器官の拡張が可能で、たとえ現実には存在しないような視覚と身体の連動にも、案外すぐに対応できるものです。
例えばある実験では、視界が上下反転するゴーグルをつけた人は、最初は混乱して立って歩くことすらできませんが、数日程度の練習で視覚情報と身体感覚がリンクし直して自然に生活することができるそうです。
また、ゲームのコントローラーを操作してバーチャル空間を自由自在に動けるのも、この脳のリンク機能のおかげです。
実際には体を動かしているわけではないんですが、このボタンを押せばこういう風に動く、という動作を脳が覚えるのです。
板タブの操作も同様です
もちろん、最初は違和感を感じますし、なかなか思うように線が描けないと感じるはずですが、実際には数日のトレーニングで十分に慣れることができるのです。
それこそデッサン力を鍛えるための数百〜数千時間という訓練に比べれば、全然大したことない時間だと思います。
長期間の作業姿勢の問題は、健康の悪化にも直結するため疎かにはできません。
もし多少のトレーニングで身体に無理のない作業姿勢を得られるのであれば、一考の余地はあると思います。
価格の違い
これは本来の考察の主旨とは違いますが、一般的な液タブと板タブの価格にも触れておきます。
板タブの価格帯
板タブは初心者向け(Intuos)なら1~2万円程度、ハイエンドモデル(Intuos Pro)でも3~5万円台前半です。
描画スペースの広さによって値段が変わりますが、なるべく実際に使用するモニターのサイズに近いほうが、腕の動作とカーソルの誤差が少なく操作しやすいといわれています。
さらに少し話がそれますが、性能比較としてよく記載されるのが筆圧感知機能です。
初心者モデルだと、大抵は1024段階、中級モデルで2048段階、最新の上級モデルでは8192段階(!)のモデルもあるそうです。
最近だと初心者モデルでも、2048段階の「One by Wacom」が8,640円(ワコムストア価格)が発売されています。
こちらはショートカットボタンを排したシンプルモデルですが、デザイナーさんによっては「むしろショートカットボタンは邪魔なだけ」という意見もよく聞くので、もしかしたら超お買い得かもしれません。
液タブの価格帯
液タブ(PC接続型)の場合、安いメーカーの製品で大体4~10万円くらい、国内シェアの高いワコムの「Cintiq」シリーズだと7~27万円位のモデルまであり、板タブと比べると確実に一回り以上は高価になります。
厳密にはジャンル違いですが、PCと接続不要で単独機能する液タブ製品だと、ワコムの「Wacom MobileStudio Pro」シリーズだと15~30万円位です。
こちらと同ジャンルとなると、いわゆるタブレットPC(Surfaceなど)+スタイラスペンの組み合わせで、大体5万円~25万円くらいでしょうか。
ちなみにiPad proとApple Pencilの組み合わせだと、モデルによって8~15万円となります。
もちろん、価格の差は人によってその価値が変わりますので、一概に高価な製品を買うのが勿体ないとは言えません。
良い道具に相応の対価を払うことは、とても大事なことです。
実際、筆者自身はデスク以外でお絵描きするためにiPad ProとApple Pencilを買ったりしています。
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まとめ
以上のように長時間集中する作業の際には、身体への負担が少ない姿勢をとれる「板タブ」には一定のアドバンテージがあると思います。
世間の流行りだからとか、有名イラストレーターさんが使っているからと、無理をして高価な液タブを選ぶ前に、一度試しに板タブも考えてみてもらえればと思います。
最初は慣れないせいで少しストレスを感じるかもしれませんが、だまされたと思って数時間、脳のリンクがつながるまで練習してみてください。
もちろん、昔からアナログで経験を積み重ねてきたプロのイラストレーターさんたちにとっては、このほんの些細な感覚の違いが重大な問題となる場合もあります。
時代はどんどんデジタルペイントに移行していく中でも、なんとかアナログ時代の環境や感覚を再現したいという人たちにとっては、液タブが欠かせないということも理解できます。
また、日常生活の中でシーンを選ばず自由に創作を楽しみたい場合には、タブレットPCのお絵描きツールも大いに活躍できるはずです。
時にはベッドでごろごろしながらiPadでお絵かきするのも、とても楽しいものです。
どちらか一方だけと言わず、人それぞれの目的やシーンに合わせた快適な絵描きスタイルを追求していきたいですね。